裁判の記録

ラポロアイヌネイションのサケ捕獲権確認請求訴訟
第4回口頭弁論後の原告団弁護団記者会見から

2021年6月17日、北海道高等学校教職員センター

市川守弘・原告弁護団長
前回、裁判長から被告に対して、「原告の主張する権利が明文で存在しないというのは被告の主張のとおりですが、それで直ちに『権利がない』と言えるのかどうかは、別の話と考えます。被告にはそのことを踏まえて認否反論をお願いします」という形の発言がありました。それに対して今回、被告側が認否してくるのかな、と思っていたら、また認否してきませんでした。これは民訴法の問題なんですが、「訴訟物が特定されていない」「根拠法定がなければ特定できない」「とにかく、そっち(原告側)の主張が全部きれいに整うまでは、認否はしない」という主張を、被告側は繰り返してきました。それに対して、こちらは「認否は認否。どんな法を適用していくのかについては、裁判所が考えていくものであって、当事者が主張しなければいけない問題ではない」と突っぱねたんだけれども。今日の裁判長とのやりとりでみなさんも分かったと思いますが、被告はとにかく、こちら(原告)側が全部言わないと認否しない、と言っています。そうすると、このままでは水掛け論みたいになっちゃうから、こちらとしても「じゃあ、さらに主張を補充します」と言いました。「裁判所もその方が据わりがいいだろう」ということで、まずこちら側が譲歩、ということになりました。

この問題――前回も言いましたが、先住民族の権利は「固有の権利」なんですよ。そのことについて、明文は一切ない。これは諸外国でも同じです。アメリカはちょっとおいといて、カナダ、ニュージーランド(アオテアロア)、オーストラリアなど、先住民族がいる国では、それぞれの国の法制度、法律に限らずさまざまな法制度と、固有の権利である先住民族の権利との間に、どういう関係が成り立つのか、どういう根拠から(先住民族の権利が)認められるのかっていうのは、かなり模索されてきた歴史があります。そういう歴史を経るなかで、そうした諸外国はすべて先住民族の権利を認めて、カナダのように憲法を改正して憲法上も(先住民族の権利を)しっかり位置づける道を選んだ国もあるくらいです。ですから、普通の訴訟のように、そう簡単に「はい、(根拠は)民法第××条です」と言えるものではないので、こちらもしっかりとした書面を出したいと思って、次回期日まで多めの日数を要求しました。次回あるいは次々回までに「ラポロアイヌネイションのサケ捕獲権が、日本の法制度上、なんで固有の権利である先住民族の権利だと認められるのか」、その理由を主張していきたいと思っています。法廷でも言いましたが、憲法はどうなのか、国際法がどうなのか、慣習法ではどうなのか、さらに条理……。「条理」というのは、「常識」という言葉に置き換えてもいいんだけど、法律が何もなければ条理で判断する、という、最後に拠って立つ考え方です。「正義」と置き換えてもいいと思うんですけど、そうしたものを主張していく予定です。


毛利節弁護士
「条理」って聞き慣れない言葉で、何のことだろうと思われる方も多いと思います。法律があれば法律に従う、法律がなければ慣習に従う。その慣習もない場合には条理に従う、というふうに言われます。学説によっていろんな表現がありますが、「条理とは『普遍的な正義』である」というとらえ方もありますし、有名な我妻栄先生などは「裁判官が『これが正義だ』と思うもの、それが条理である」という言い方をされています。(既存の)規範は何もないけれど、裁判官自らが「それが正義だ」と思われること、それを規範として判断していいですよというもの、それが「条理」です。ある意味で「最後のよりどころ」になろうかと思いますが、今回のアイヌの漁業権訴訟では、あるいはこの「条理」も、ひとつ根拠として主張していこうと考えているところです。


差間正樹さん(ラポロアイヌネイション会長)
ラポロアイヌネイションの差間正樹です。このたびの裁判は、私たちがもともと持っていた権利としてサケを捕獲できるのだ、主張して闘っております。私たちの先祖がやってきたように、私たちも十勝川の河口域でサケを捕って生活したいという思いで、この裁判を闘っています。


長根弘喜さん(ラポロアイヌネイション前会長)
まだまだ先は長いと思いますが、僕らもがんばってやっていこうと考えています。


フロア(北海道新聞)
今回国側から裁判所に提出された書面は、原告の主張に対する反論だと思うのですが、内容を教えてください。

市川守弘弁護士
反論は来ていません。訴訟というのは、まず事実関係が確認され、それを法律上どう評価するか、というもので、争うのは通常、事実関係についてです。「お金を貸したのに返してくれない」「借りてないよ」「借りたけど返しましたよ」という争いなのね。(そうした事実を確定した後)それにどう法律を適用するかっていうのは、もう変わりようがない。本件も「もともと江戸時代まで、サケ捕獲権を持っていました」「明治以降、それが禁止されているけれど、正当な理由はありません」「したがって現在も権利は持っています」――と事実関係は単純なんです。だから(原告は被告に対して)「それを争え」「認否をはっきりしろ」と言ってきた。それに対して、向こう(被告)は「どの法を適用するんですか?」と言ってきているから、(原告は)「成文法はない、固有の権利だから」という主張をしていたんです。そうしたら被告が「訴訟物(原告が求めているもの)が分からない、だから訴えの却下を求める」と主張してきたのが、(被告が裁判所に提出した)今回の書面です。ようするに事実関係についてまともに争っていない。(原告側は)訴訟物のうち「請求の趣旨」は、もうはっきりさせています。それについて、訴状を提出した時から、裁判所から補正などは一切求められていません。つまり「浦幌十勝川河口域においてラポロアイヌネイションがシロザケを刺し網で捕獲する権利」。だけど向こう(被告側)はとにかく事実関係を認否したくない――肯定/否定を明らかにすることをしたくないから、法的な関係についていろいろ言ってきているわけです。だけどそれは、さっきも言ったように、最終的にどんな法を適用するのかは、当事者が主張するものではなく、裁判所が判断するものなんですよ。当事者はあくまで事実関係を主張する。ただ裁判所も、当事者が(どんな法を適用すべきかまで)ちゃんと主張してくれれば、乗っかりやすいというか、判断しやすい面もあるので。きょう裁判所から(原告に対して)「ふつうの訴状では入れるんだから、検討しませんか?」という話があったでしょ? 向こう(被告)が認否しないのなら、とにかくこちらで全部整えちゃって、それから「認否しろ」ともう一回、しつこく言ってみようか、という判断を弁護団でしました。


フロア(北海道新聞)
国からは「原告は被告に認否を求めるより先に、法源を明らかにせよ」と言ってきているわけですか?

市川守弘弁護士
そうそう。法源というか、「成文法上、明文の根拠がないのに、なんで『根拠がある』と言うんだ? それを明らかにしろ」。それだけ。


フロア(北海道新聞)
今日の訴訟指揮を見ていると、前回まで裁判所は「ただちに権利がないとは言えないから、被告は認否をしてください」という態度でしたが、裁判官が替わったせいもあると思いますが、裁判所から「本来は訴状提出段階で特定されているべき」という発言がありました。裁判所のスタンスが変わったようにお感じですか?

市川守弘弁護士
そこはまだ分かりません。さっき言ったように、普通の裁判ではその通り(法的根拠が訴状提出段階で特定されている)なんです。「貸した金を返せ。それは民法××条に基づく」というふうに……。その「民法××条」にあたる部分が、この裁判の訴状では抜けているわけ。抜けているから、さっき「据わりが悪い」という表現をしましたが、裁判所はそういうふうに思っているんじゃないか、と言いました。でも、こっちが(何らかの法的根拠を)主張したからといって、(裁判所は)それに拘束はされない。裁判所が独自に判断する職権事項、専決事項だから。今日の口頭弁論の一番最初に、裁判所が被告に対して、「被告は、原告がそれをはっきりさせない限り、認否しないんですね?」と確認したでしょう? そのうえで裁判所は「だったら、もう水掛け論になるから、原告、(譲歩しては)どうですか?」と。それを(原告側に)うながすにあたって、「普通は(訴状に法的根拠を書くことを)やるんだから」というふうに裁判所は言ったのかな、と理解しています。


フロア(北海道新聞)
弁論の中で「4つの根拠を考えている」とのことでした。このうち憲法に関して、前回の報告会では「根拠にすることは考えていない」とおっしゃっていましたが、方針変更があったのでしょうか。また憲法のどの条項に根拠を求めるおつもりですか。

市川守弘弁護士
そこはまだ検討中です。順番から言うと、「憲法は先住民族の権利に触れていない」と。触れていない、ということは、否定はしていない。「否定している」という学説もあります。明記していないんだから「アイヌの集団の権利は憲法上、否定されている」という見解もある。それは切らないとダメでしょう? もうひとつは「触れていないけれども、否定していない」という考え方。たとえば、企業献金についての最高裁判例があって(八幡製鉄事件、昭和45年判決)。企業の経済活動のうえでの政治活動の自由は認められるべきなのだから、自民党に献金するのも違法ではない、という判決が昭和時代に出ています。政治献金の自由について、憲法上は明記されていないけれども、企業という集団の経済活動・政治活動の自由を(最高裁は)認めているわけでしょ。それと同じように、憲法において集団の権利は否定されてはいない。それをさらに積極的に、アイヌの集団に当てはめていけるのかどうか、ここはまだまだ検討しなければいけないと思っていますが、そういう順番で検討してみたらどうかと思っています。


まとめ・北大開示文書研究会