日本政府に対する反論(カウンターレポート)

国際的な人権条約には締約国の履行を確保するために国連に監視委員会が設置されており、締約国は定期的に履行の状況を委員会に報告する義務が課されています。これに対して市民団体や当事者団体は、委員会に対してカウンターレポートを出して意見を述べることができます。カウンターレポートは「様々なNGOが、政府報告書が書いていない人権問題を指摘して委員の注意を促すための報告書」(申惠丰・青山学院大学法学部教授『国際人権法【第2版】—国際基準のダイナミズムと国内法との協調』p546~547、2016年、 信山社)なのです。

ラポロアイヌネイションは、漁業権について自由権規約等(これに関する一般的意見や見解、及び国外判例等)を根拠規定として主張していますので、2022年9月8日、自由権規約委員会に対して、日本政府の報告書(第7回)に対するカウンターレポートを提出し、水産資源保護法28条等の規定を根拠にサケ捕獲禁止の措置をとっている日本政府の対応が、先住民族に河川での伝統的な鮭捕獲の権利を保障する自由権規約27条に明白に違反していることを主張しました。

そして、同委員会に対して、日本政府がアイヌ民族の河川におけるサケ捕獲権を認めるよう勧告すること、及び日本政府に対し、自由権規約についての「一般的意見」や「見解」等が同規約の解釈の補足的手段となることを公的に再確認するよう勧告することを求めています。


日本政府「規約第40条(b)に基づく第7回報告(自由権規約委員会からの事前質問票に対する回答)」(外務省仮訳)


ラポロアイヌネイション

自由権規約委員会第7回日本政府報告書審査に関する報告書
2022年9月8日

当会は、市民的及び政治的権利に関する国際規約第40条1項(b)に基づく日本政府の第7回定期報告書(以下、「定期報告書」という)パラグラフ29に関して、以下のとおり意見を述べる。

第1 締約国の回答内容について

1 ICCPR27条は「種族的、宗教的又は言語的少数民族が存在する国において、当該少数民族に属する者は、その集団の他の構成員とともに自己の文化を享有……する権利を否定されない」と定めており、貴委員会は、その一般的意見23(CCPR/C/21/Rev.1/Add.5 26 April 1994, para7)において、少数民族の漁業又は狩猟などの伝統的な活動を行う権利を認め、当該権利についての積極的な法的保護措置及び影響を与える決定に対する実効的参加確保の措置を締結国に求めている。

アイヌ民族が、日本における少数民族であることは、締結国自ら認めており、アイヌ民族は伝統的に河川での鮭捕獲や狩猟により生活してきた狩猟民族であって、規約27条により河川での伝統的な鮭捕獲の権利を有している。しかし日本政府は、水産資源保護法第28条、及び同法及び漁業法に基づく北海道内水面漁業調整規則により、原則として、原則としてアイヌ民族を含む何人に対しても、河川(内水面)における鮭の捕獲を禁止し、後述のとおり自由権規約27条は締結国に対し少数民族の漁業狩猟権の保障を義務づけるものではないと主張しており、自由権規約27条に明白に違反している。

2 この点について、委員会は日本政府に対する事前質問において「前回の総括所見(パラ26)に関し、関連法制を改正し、アイヌ、琉球及び沖縄のコミュニティの伝統的な土地及び天然資源に対する権利を十分に保障するために取られている措置につき報告願いたい。」と指摘しているところ、締約国は、定期報告書「マイノリティの人権」パラ29において、「アイヌの人々も沖縄県出身の日本国民もその他の日本国民も等しく日本国民であり、日本国民としての権利を全て等しく保障されている。」(226)、2019年4月に制定された「アイヌ施策推進法」では「アイヌの人々の要望を踏まえ、市町村が実施する事業の支援措置、国有林野における林産物の採取及びサケの採捕等に関する措置を盛り込んでいる。」(227)旨、回答を行っている。

しかしながら、前記226の回答内容は、アイヌは「日本国民としての権利」しか有しておらず、少数民族であるアイヌとしての独自の「コミュニティの伝統的な土地及び天然資源に対する権利」を有していないことを回答するものに他ならない。

また、227で締結国が主張する林産物の採取やサケの採捕に関する措置は、「アイヌにおいて継承されてきた儀式の実施その他のアイヌ文化の振興等に利用するための林産物を国有林野において採取する事業」(アイヌ施策推進法第10条4項)や「アイヌにおいて継承されてきた儀式若しくは漁法の保存若しくは継承または儀式に関する知識の普及及び啓発に利用するためのさけを内水面において採捕する事業」(同条5項)の限度で制限的に許可されるものにすぎず、アイヌ民族の「伝統的な土地及び資源に対する権利」を認めたものではない。かかる許可は、あくまで儀式等の保存と文化の振興を目的とする事業に限られており、その許可内容も極めて制限的なものであって、アイヌ民族が生業として鮭を捕獲し、その伝統的ライフスタイルと文化を継承することを可能にするものではない。民族のライフスタイルが資源と切り離され、生活と切り離されては、儀式だけが継承されたとしても、それは単なる形式にすぎず、博物館で展示されるだけのものとなる。

このように、締約国は、アイヌの資源等に対する権利を明確に否定するとともに、資源を活用する行為についても、儀式等の保存及び文化振興を目的とする限度でしか認めていない。このような締約国の方針は、当会が締約国及び北海道に対して提訴したサケ捕獲権確認請求事件(札幌地方裁判所令和2年(行ウ)第22号)において明確である。

第2 サケ捕獲権確認請求訴訟について

1 当会は、北海道十勝郡浦幌町内に居住・就業するアイヌ民族で構成される団体であり、現在の構成員のほとんどは浦幌町を流れる浦幌十勝川の左岸沿い及びその周辺に存在していた複数のコタン(アイヌ集団)の構成員の子孫である。

上記コタンでは、旧来から生業として浦幌十勝川でのサケ捕獲を行っていたが、現在では、水産資源保護法第28条、同法及び漁業法に基づく北海道内水面漁業調整規則において河川におけるサケの捕獲を禁止されている。

2020年8月、当会は、先住権、条約等の国際法・宣言(ICCPR第27条、ICESCR15条1項(a)、ILO169号、人種差別撤廃条約第1条1項・第2条1項(c)、生物多様性条約第8条(j)、先住民族宣言第7パラグラフ・第26条3項等及び各条約に関する一般的意見や他国判例等)、憲法(第13条、第14条、第20条)、国際慣習法、及び条理を理由として、本件漁業権の確認を求めて札幌地方裁判所に提訴した。

2 (締約国及び北海道はアイヌ民族の河川でのサケ捕獲権を否定しており、条約に違反している)

本件訴訟において、締約国及び北海道(以下、「締約国ら」という)は、ICCPR第27条は、本件漁業権の認定根拠とならないとし、その理由として以下の主張を行っている。

(1)ICCPR第27条は、少数民族が自己の文化を享有する権利について規定するにとどまり、水産資源保護法の規制の及ばないサケ捕獲権等の権利を保障することまでを同締約国に義務付けるものではない。

(2)自由権規約委員会の一般的意見(23)は、締結国を含むICCPR締約国に対して法的拘束力を有するものではなく、ICCPR締約国がこれに従うことを義務付けられるものではない。

(3)先住民族宣言のような国連総会決議は飽くまで勧告にすぎず、国連加盟国に対する法的拘束力を有するものではない。

しかしICCPR第27条の「少数民族の文化享有権」には、先住民族の漁業・狩猟権が含まれることは、委員会一般的意見23のとおりである。

そして、「条約法に関するウイーン条約」第27条は、条約の不履行を正当化する根拠として自国の国内法を援用することができない旨明記しており、締結国の前記「水産資源保護法の規制の及ばないサケ捕獲権等の権利を保障することまでを締約国に義務付けるものではない」との主張は、まさに水産資源保護法という国内法を援用して、自由権規約等の条約に基づく少数民族のサケ捕獲権を制限するものであって、上記ウイーン条約及びICCPR第5条に反する。

また、委員会の一般的意見23を含め、およそ一般的意見については、同規約の有権的解釈とされており、委員会の権威、構成、業務実績等に照らしても、上記ウイーン条約に定める「解釈の補足的な手段」に該当し、法的意義を有するものであることは明らかである。

「自由権規約委員会の一般的意見は、我が国を含むICCPR締約国に対して法的拘束力を有するものではなく、ICCPR締約国がこれに従うことを義務付けられるものではない」との締結国の主張は、上記ウイーン条約及び自由権規約委員会の一般的意見を理解せず、委員会の条約解釈を軽視するものであって、直ちに是正されなければならない。

また、先住民族宣言自体に直ちに法的拘束力がないとしても、同宣言は国連宣言として締結されたものであり、前文にあるとおり「条約や協定、その他の国家との建設的取り決めで認められた先住民族の権利を尊重し促進する緊急の必要性をさらに認識し」て締結されたものであるから、その内容は、ウィーン条約第31条3項・第32条により、当然にICCPR第27条の解釈について考慮されるべき内容となるのであり、締結国の国際法軽視の態度は著しい。

第3

1 貴委員会から「アイヌ……の土地及び天然資源に対する権利を十分に保障するために取られている措置につき報告願いたい」との事前質問を受けていながら、アイヌの天然資源に対する権利を否定し、1年に一度の儀式のためのわずかなサケ捕獲を許可している(この許可手続についてアイヌ民族の実効的参加は保障されていない)ことで足りるとの締結国の対応は、国際人権法及び国際人権機関を軽視し、少数民族の天然資源に対する権利保障を否定するものであって、締結国に対し、アイヌ民族の河川におけるサケ捕獲権を認めるよう勧告されたい。

2 締結国は、人種差別撤廃委員会からも2001年、2014年、2018年の3回に亘り、アイヌの土地及び資源に関する権利を保護するための措置をとるよう勧告されている(CERD/C/58/CRP(2001),CERD/C/JPCO/7-9,CERD/C/JPN/CO/10-11)。しかし締約国の行政府及び立法府は、アイヌ民族の土地資源に関する権利を否定し確信的に勧告及び委員会一般的意見を無視する対応を取り続けており、締結国において自由人権規約の理念を実現するには、もはや司法的救済しか残されていないというのが実情である。

従って、締約国に対し、「一般的意見」や「見解」、さらには同種の国際条約の内容やこれに関する判例も本規約の解釈の補足的手段となることを公的に再確認するよう勧告することを求める。


公式報告書はこちらから(英文)

Raporo Ainu Nation : NGO Alternative Report regarding the seventh periodic of the government of Japan at the Human Rights Committee, September 8, 2022