裁判の記録

ラポロアイヌネイションのサケ捕獲権確認請求訴訟
第6回口頭弁論後の原告団弁護団記者会見から

2021年11月18日、北海道高等学校教職員センター

ラポロアイヌネイション

市川守弘弁護士
きょうは、(ラポロアイヌネイションが主張する権利の)法的根拠について、2回目の主張をしました。前回は、固有の権利であるラポロアイヌネイションの権利が慣習法によって裏付けられているという主張をしました。今回は、複数の国際条約によって認められているという主張、憲法に基づいているという主張、条理に基づいている、という3つの法的根拠について主張をしました。細かい内容は、長岡先生のほうからお話ししていただきます。


ラポロアイヌネイション準備書面(4)pdf


長岡麻寿恵弁護士
弁護士の長岡です。市川弁護士から報告がありましたように、前回の準備書面では、先住民である原告のサケ捕獲権が、慣習法上、その根拠を有していること、それから国際法上もその根拠を有していること、これらを、先住民族の権利に関する国際連合宣言、人権規約、生物多様性条約等に基づいて主張しました。人権規約も生物多様性条約も、日本が批准している条約です。今回の準備書面は、大きく分けて3つの柱に基づいて、原告の権利、サケ捕獲の権利を主張しています。1つめは条約/国際法、2つ目は憲法、3つ目は条理です。

1 条約/国際法(自由権規約、社会権規約、人種差別撤廃条約、国際慣習法)に基づく主張

長岡麻寿恵弁護士
まず国際法についてですが、大きく分けて4つの柱に基づいて主張しています。1つは自由権規約、2つは社会権規約、3つ目は人種差別撤廃条約、4つ目が国際慣習法です。

自由権規約も社会権規約も人種差別撤廃条約も、いずれも日本は批准しています。つまり憲法98条によって、これらの条約は(国内の)法令の上位に位置づけられ、国内法的な効力を有するのです。では、これらの条約は、直接的に国内法の効力をもって、権利を保障しているものなのかどうか。これが、第1の問題点です。第2の問題点は、じゃあこれらの条約は、どういう形で先住民の漁猟権を保障しているのか、という点なんですね。


北大開示文書研究会の注釈

通称 公式名 英名 略号
自由権規約 市民的及び政治的権利に関する国際規約 * International Covenant on Civil and Political Rights ICCPR
社会権規約 経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約 * International Covenant on Economic, Social and Cultural Rights ICESCR
人種差別撤廃条約 あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約 * International Convention on the Elimination of All Forms of Racial Discrimination ICERD
  * 日本弁護士連合会「国際人権ライブラリー」にリンクしています。

長岡麻寿恵弁護士
まず自由権規約は、27条で文化享有権を定めています。二風谷判決(1997年)でも、「少数民族の文化享有権」のひとつの根拠としてB規約(自由権規約の別称)のこの規定を援用して、アイヌ民族の文化享有権を認めました。この自由権規約が、それ自体、ただちに国内効力を有して、ほかの法律を制定することなしに、国内法として適用されるのかどうか、ということなのですが、自由権規約がそうした「自動執行性」を持つ、というのは、すでに多くの判例で判断されてきています。「自由権規約は、国家からの個人の自由を保障するものであるから、ただちに効力を有する」ということなんですね。たとえば徳島地裁判決とか、大阪高裁判決とか、たくさん判決があるんですけれども。

わが国の締結した条約のすべてが、特段の立法措置を待つまでもなく、国内法に適用され、かつ条約が一般の法律に優位する効力を持つかどうか――。徳島地裁判決は「抽象的・一般的な原則あるいは政治的な義務宣言にとどまる場合」は立法措置が必要だけれども、自由権規約は「自由権的な基本権を内容とし、当該権利が人類社会のすべての構成員によって享受されるべきであるとの考え方」に立つものだから、「自由権規定としての性格と規定形式からすれば、これが抽象的・一般的な原則等の宣言に止まるものとは解されず」「国内法としての直接的効力、しかも法律に優位する効力を有するものというべきである 」と判示しています。自由権規約に関する、これが現在の判例の到達点だと考えて、ほぼ間違いないだろう、と思います。

では、特別の立法措置を取ることなく、ただちに、日本において適用され、しかも国内法の他の法律に優位する効力を持っている、そういう自由権規約は、先住民の何を保障しているのか。

文化享有権の保障を規定した自由権規約27条は、「当該少数民族に属する者」を主語にして書かれています。「したがってこの条文は集団の権利ではなく、個人の権利を保障したものではないか?」という疑問が生じるのですけれども。しかし1994年、 国連自由人権委員会の一般的意見23では、「とくに先住民の場合は、個人の権利を保障する前提として集団の権利自体も保障される」という内容のことを述べています。なぜか。それは先住民が文化を享有するには、その民族が集団として占有してきた/保ってきた地域、そこで得てきた資源、それらに密接に関連する生活様式それ自体が「文化」だからです。その「文化」は集団を前提として存在せざるを得ない。だから集団の権利自体も保障されるんだ、ということなんですね。

国連自由人権委員会はこの一般意見で、漁業や狩猟の権利も、この(集団としての先住民に保障されるべき)文化享有権に含まれる、とはっきり言っています。そして、締結国はこの権利について積極的な法的保護措置を確保するよう求めています。つまり国連自由人権委員会は、集団としての先住民の漁猟権を守る特別の義務を、締結国に課しているわけです。

国連ではさまざまな条約について、それぞれ委員会が組織されていて、たとえば人権救済の申し立てを受理して判断したり、条約自体の解釈を行なったり、重要な役割を担っています。これら委員会の条約解釈が規範的な意味をもっていると考えられますが、自由権規約についてその自由権委員会が提出した「一般的意見」で先住民の権利が明確化されているのです。この1994年の一般的意見の後、「先住民族の権利に関する国連宣言」(2007年)が採択されます。またILO169号条約――日本は批准していませんけれど――「原住民及び種族民に関する条約」(1989年発効)が先住民の権利を保障しており、日本は国連の委員会から再三この条約の批准を勧告されています。国際人権法の到達点として、これらの条約があるわけです。それを踏まえて、自由権規約における文化享有権を解釈していかなければいけない。したがって、まさに先住民族の集団としての資源保有権、漁業権、これが自由権規約によって保障されるんだ、ということです。

次に社会権規約ですけれども。こちらは「一般的な宣言に過ぎないので、国内法が必要だ」と言われているんですけれども、大阪高裁の判決で、「社会権規約の中で自由権的な性格を持つものについては、自由権規約と同じように自動執行性がある」と指摘されています。社会権規約に関する国連委員会の一般的意見では、文化を保障する15条の文化的権利は本質的に「自由」として特徴付けられると指摘されていますので、これも「自由権規約と同じような自動執行性を持つ」と主張しています。

それから人種差別撤廃条約。日本は1995年に加入していますけれども、先住民の権利について何を保障しているかというと、その5条(d)(ⅴ)で「単独で及び他の者と共同して財産を所有する権利」を差別されることなくすべての人が享受できる、というふうに定めています。この場合、先住民にとって「財産権を保障する」ということは、これまで自分たちが享受してきた資源に関する権利を、他人に妨害されることなく享有することができる権利だ、ということなんです。この条約についても、国連人種差別撤廃委員会が一般的勧告で、先住民の土地・資源に関する権利を保障することを求めています。したがって、アイヌ集団のサケ捕獲権は人種差別撤廃条約によっても保障されているのです。

さらに、アイヌ施策推進法4条は、「何人も、アイヌの人々に対して、アイヌであることを理由として、差別することその他の権利利益を侵害する行為をしてはならない。」と定めています。これは、先ほど述べた人種差別撤廃条約の趣旨を踏まえて解釈すべきです。「アイヌの権利利益を侵害する行為をしてはならない」ということは、アイヌの持っていた漁業権はじめ天然資源に対する権利を侵害することをこの法律も許していない、日本が批准した人種差別撤廃条約の趣旨からして、そう解釈すべきです。

次は国際慣習法です。(被告の)国は「(先住民の集団としての権利は)国際慣習法として成立していない」と言いますけれども、自由権規約・社会権規約・人種差別撤廃条約・ILO169号条約・先住民族の権利に関する国連宣言、これらの国際人権規定がこれだけ積み重ねられて、土地や資源についての先住民の権利を認める方向での判例も積み重ねられてきているわけですね。このことを考えれば、国際慣習法として、アイヌ集団としてのサケ捕獲権、先住民集団の漁獲権は、国際慣習法として認められているんです、というふうに言えるだろう、と思います。

ここで一番強調しておきたいのは、人種差別撤廃委員会から、日本国はアイヌの権利について3度も勧告を受けている、ということです。いずれも「(日本政府は)アイヌの土地や資源についての権利保護が不十分である」「ちゃんとした保護をしなさい」「対応しなさい」という勧告を受けているのです。一番最近では3年前に勧告を受けています。だけど、この裁判で、国は何を言ってきたか? 原告のサケ捕獲権は、国際法上根拠がないと主張しているんです。人種差別撤廃条約を批准して、3度もアイヌの権利を保障しなさいと勧告されて、それを無視して「国際法上、アイヌ民族集団にそんな権利はない」と言っている。恥ずかしいことだと思います。


北大開示文書研究会の注釈

日本国外務省「人権外交」のページ


被告準備書面(1)
「我が国は、国際法上、先住民族宣言に基づいて原告が主張する「集団的権利」について保障する義務を負っておらず、このため、我が国には、原告の主張する、集団による「先住権としてのサケ捕獲権」を認める義務は存在せず、国際法上、本件漁業権の根拠となるものは存在しない。」


国際連合・人種差別撤廃委員会総括所見から


2 日本国憲法に基づく主張

長岡麻寿恵弁護士
日本国憲法上も当然、こうした国際法の到達点を踏まえて解釈されるべきです。憲法14条、これは平等の権利です。人種差別撤廃条約で言われている「先住民を差別してはいけない」「先住民を差別的に取り扱わない」という規定からみても、憲法14条はアイヌのサケ捕獲権を保障している、というべきだ、と主張しています。

それから憲法29条、財産権の保障ですね。ラポロアイヌネイションの主張する権利は、(先祖たちが集団的に)持っていた漁業権ですから、財産として保障されるものです。

(アメリカ大陸35ヵ国のすべてが加盟する米州機構 Organization of American States:OAS には)米州人権裁判所というものがあります。(OASがよりどころとする)米州人権条約(American Convention on Human Rights16, 1969)は、財産権について保障しています。この条約は、「先住民の権利を保障する」とは一言も書いてないんですが、米州人権裁判所は、この規定を用いて、先住民の文化的な権利や、天然資源や土地に対する権利が、財産権として保障されるんだ、特に認めていかないといけないんだ、という判決を出しています。

ですから日本においても、憲法の規定に基づき、先住民族の財産権は、単なる財産ではなくその文化、生存、集団としての存続そのもの、またアイデンティティにかかわる財産権として、保障されるべきだと考えます。

さらに憲法13条ですね。これは根本的、包括的な基本権です。文化を享有する、その文化のなかで生きる権利が、この13条で保障されている、というのは二風谷判決でも指摘されているところです。さらに考えを進めた場合、やっぱり、「川でサケを捕る」ということがアイヌの文化享有権にとってきわめて重要なことだ、ということです。憲法13条が規定する権利のためには、民族としての文化の享有、民族として文化を享有しながら生きていく、それを次世代につなげていく、こういう権利が保障されなければならない。そのためには、その民族が存続していないとダメですよね。民族が雲散霧消して、集団がなくなってしまったら、歌も踊りも、祈りも、まったく意味を失って消えてしまう。だれのために、何のために歌うのか。一人で歌って、一人で踊るというわけにいかない。アイデンティティの元になる先住民の集団が集団として権利を有し、存続していくことが、個人の尊厳にとってきわめて重要だということです。

それから憲法20条は、信仰、信教の自由を保障しています。アイヌの世界にとって、サケっていうのは、きわめて重要な信仰上の意味をもっていますから、神事をおこなうためにも、サケ捕獲権というものが、憲法上、保障される、ということです。アイヌ民族はカムイノミをしますよね。毎秋、サケを迎えるカムイノミの祈りでは、入り江のカムイ、渚のカムイ、川下のカムイ、川上のカムイ、こういう神様に、祈りを捧げていくわけですよね。川でサケを捕るからこそ、そういうカムイに祈りを捧げるわけですね。川でサケを捕ることができなければ、これらの祈りはほとんど意味をなさなくなってしまうのです。

3 条理に基づく主張

長岡麻寿恵弁護士
最後は条理です。これまで主張してきた歴史的な経過、国際法上のさまざまな人権保障規定、そういうものからみても、原告のサケ捕獲権は条理上も認められてきた、ということを最後にまとめて、今回、準備書面を提出しました。(こうしてお話ししてきた)説明もすごく長いんですけど、書面もすごく長くなって、証拠もすごくたくさん出したので、お聞きいただくの、たいへんだったかな、と思いますけど、けっこう重要なお話なので、長くかかりました。

毛利節弁護士
毛利です。最後の条理について、ちょっと補足します。長岡先生のお話にあったとおり、条理は一番最後に出てくる、「最後の保険」みたいな面もあるんですけども、条理って何かっていうと――。まず裁判は法律で決まります。法律がないときは慣習法で決まります。で、「慣習法もないときは条理に従って良い」っていう、明治八年太政官布告っていうのがあって、そのころから条理は「法律がない時に使える」制度として存在していました。


北大開示文書研究会の注釈

明治八年太政官布告第一〇三号裁判事務心得 第三条
民事ノ裁判ニ成文ノ法律ナキモノハ慣習ニ依リ、慣習ナキモノハ条理ヲ推考シテ裁判スベシ


毛利節弁護士
行政法の先生なんかは「正義にかなう普遍的な原理、それが条理」という表現のしかたをしています。民法学者の我妻栄(1897ー1973)先生って、皆さんのなかにも知ってらっしゃる人がおられると思いますけれども、我妻先生がどうおっしゃっているかというと、「法律がないからと言って、裁判官は裁判を拒絶することはできません。法律がなければ慣習法、慣習法がない場合は条理を用いなさい」「その条理というのは、裁判官が、もし自分が立法者だったらこういう法律を作りましたよ、というもの。それに従って裁判をして良いですよ」と言ってくれているんですね。

その意味では、先ほど長岡先生から説明いただいた自由権規約、社会権規約、人種差別撤廃条約、そういったものが(この裁判で)法律として扱われるのか、というのが、いちばん本質的ではありますが、仮にそれが法律として直接適用されなかったとしても、裁判官が「これは普遍的な正義なんだ」「このサケ捕獲権を認めるのが正義だ」と思ってくれさえすれば、条理で勝てる可能性もないわけではない。

なので条理は、ある意味「ドラえもんのポケット」的な、非常に融通の効く制度だと言えます。われわれの第一の目標はもちろん、自由権規約、社会権規約、人種差別撤廃条約、そういったものが国内法的に正式に適用されることを求めているんですが、仮にそうならなかったとしても、「裁判官、これ条理ですよね」というところで救ってもらえないか——。一番最後なんですけど、そういった規定を設けている、という形です。


差間正樹・ラポロアイヌネイション会長
ラポロアイヌネイションの差間です。今回、弁護士の先生たちにいろいろがんばっていただいて、裁判を迎えています。私たちは十勝川の河口域に暮らしているアイヌ、先住民の子孫として、私たちの先祖が行なっていたように、十勝川左岸の河口域で漁業をやりたい。こういったことでこの裁判を行なっています。以上です。


フロア(北海道新聞)
国際法についてのご主張、なかなか私たちにとっては難解だったのですが、なかでも「一般的勧告」「一般的意見」が随所に出てきて、それをどう捉えたらいいのか、ご説明いただけますか。拘束力の有無にも触れていただければ。

市川守弘弁護士
自由権規約でいえば、国連自由人権委員会が一般的意見とかを書いてくるわけですよね。他の条約――たとえばいま話題になっている気候変動枠組条約などでは、COP(Conference of the Parties、締約国会議)が、「この条約のここはこういう解釈をする」とか、実行に当たっての細かい規則をつくっていくんですよ。それが「決議」とか「※※アプローチ」とか言われます。人権規約の場合はそれが(国連自由人権委員会によって行なわれ)「一般的意見(General Comment)」と呼ばれています。「一般的勧告(General Recommendation)」はもっと強い。つまり一般的意見や一般的勧告は、条約を補充して、解釈基準を示したり、規定の適用について明確にしていったり、という意味がある。したがって「条約と一体と理解して良い」と理解しています。

長岡麻寿恵弁護士
条約はそれぞれ、実効性をどう担保していくのかが決められているんですね。たとえば「報告制度」というのがあって、加盟した国が定期的な報告を義務づけられます。その場合も、報告しっぱなしで良いかというと、そうではありません。その条約を実施・監督する機関として、その条約に基づく委員会がつくられています。委員会は「一般的意見」という形で、条約の解釈を出します。つまり、その「意見」によって条約が具体化されていくわけです。

人種差別撤廃条約に基づいて、日本政府は「こんなふうに履行しました」「がんばってやってます」というふうに報告する義務があるわけですけれども、それに対して、先ほど触れた人種差別撤廃委員会の総括所見は、「いやいや、まだまだ不十分ですよ」「この点はまあ、がんばりましたね」「この点はもっとがんばりましょう」というような評価にあたります。このように条約を具体化し、解釈を行ない、報告に対して評価を下して、締結国を指導する、そういう機能をもっているわけです。また、個人通報の制度を取っている国については、委員会への通報を受け付け、判断をすることになっています。その条約の実効性を担保する機関だ、と考えていただければよいと思います。

再度申し上げたいんですけど、日本政府の報告に対する人種差別撤廃委員会の最終所見で、アイヌの問題について、土地や資源の権利の保障について、「ほぼやってないよね」「ここ、もっとがんばりなさい」――「もっとがんばろう」をつけられてるんです、3回も。3年前にも「がんばろう」をつけられてるんですね。にもかかわらず、それを放置して、この裁判では、「国際法上、原告の主張するサケ捕獲権なんか保障されていない」と主張していることは、大きな問題だと思います。


まとめ・北大開示文書研究会