オーストラリア内閣府芸術局
オーストラリアの先住民族返還政策

2011年8月

連絡先
より詳しくは、電話1800 006 992,もしくはこちらのサイトをどうぞ。 www.arts.gov.au/indigenous

(遺骨などを保持している)海外の研究機関がアボリジニやトレス海峡諸島民に連絡をとりたい場合、芸術局が仲介します。

(訳注)この政策文書が出た後、豪州政府は2011年12月、省庁を再編し、スポーツ局と芸術局を地方開発・地方自治省に吸収させる形で、新たに「地域・地方自治・芸術・スポーツ省」を発足させました。先住民族返還政策は、このなかの「芸術局」が引き続き担当しています。

(訳注)トレス海峡諸島民は、豪州大陸とパプアニューギニアに挟まれたトレス海峡諸島(豪州クイーンズランド州)の先住民族。


目次
大臣からのメッセージ
第1部 はじめに
第2部 政策の目的
第3部 先住民族返還政策の実施
第4部 手順書


大臣からのメッセージ

 「先住民族返還政策」を発表できることをうれしく思います。
 オーストラリアでは、欧州の人々による植民地化にともない、先住民族アボリジニやトレス海峡諸島民の遺骨、副葬品などが持ち去れてきました。
 18世紀後半から150年以上にわたって、アボリジニやトレス海峡諸島民の遺骨、副葬品などが、ほとんどの場合無許可のまま、欧州移民によって収集され、オーストラリアや海外の研究機関に収蔵するために搬出されました。それら人骨などの尊厳に対して、敬意は払われていませんでした。
 しかしいま、アボリジニやトレス海峡諸島民の遺骨、副葬品などを返還することは、過去の過ちを正し、これまで遺骨などを収集してきた研究機関とアボリジニやトレス海峡諸島民との間で前向きな関係を結び直す機会となります。
 祖先の遺骨返還は、アボリジニやトレス海峡諸島民およびその他のオーストラリア国民にとって、非常に重要な意味を持っています。
 豪州政府はこのたび、アボリジニやトレス海峡諸島民の地位向上を目指して、アボリジニやトレス海峡諸島民と、国内外の収集研究機関、およびそのほかの利害関係者との間の対話を調整・仲介し、それぞれが文化的な義務を果たし広く社会に貢献するように努めています。
 これから実施される返還が、アボリジニやトレス海峡諸島民の希望を汲み、文化的に適切かつ無条件に実施されるべきものと政府はとらえています。
 この政策は単にアボリジニやトレス海峡諸島民のみならず、全ての豪州国民、さらに海外のパートナーにとってよりよい未来を開くものであり、私はそれを支持します。

サイモン・クリーン 芸術大臣


第1部 はじめに

 オーストラリアのアボリジニやトレス海峡諸島民は芳醇で多様な文化を有しており、それらは現代まで維持されてきた世界最古の文化のひとつです。それらの文化は、アボリジニとトレス海峡諸島民それぞれ固有の精神的交流を表し、オーストラリアのアイデンティティの核心でもあります。
 オーストラリア政府は、先住民族文化を保護し、新しい活力を与えていっそう強化する必要性や価値を認識し、先住民族に祖先の遺骨や副葬品を返還するのみならず、工芸作品・言語・文化的活動をも支援するために財政措置を実施します。
 国内レベルでは、オーストラリア政府と地方・州政府すべてが取り組んでいる「格差解消」策の一環として実施されます。この政策は、都市・農村・地方それぞれで暮らすアボリジニとトレス海峡諸島民の生活向上を目指して、医療・住宅・教育・雇用・政治参加・経済分配における状況を改善する、というものです。
 オーストラリア政府は、ユネスコの「文化的表現の多様性の保護及び促進に関する条約」と、国連の「先住民族の権利に関する国際連合宣言」に基づいて先住民族の文化を支援します。
 国連宣言の第12条は、次のように記されています。

第12 条【宗教的伝統と慣習の権利、遺骨の返還】
先住民族は、自らの精神的および宗教的伝統、慣習、そして儀式を表現し、実践し、発展させ、教育する権利を有し、その宗教的および文化的な遺跡を維持し、保護し、そして私的にそこに立ち入る権利を有し、儀式用具を使用し管理する権利を有し、遺骨の返還に対する権利を有する。

 返還は、オーストラリア社会における癒しと正義のための手段でもあります。アボリジニやトレス海峡諸島民にとって、遺骨の「故国」への返還は、自分たちの尊厳を回復するための最初の一歩です。返還は、祖先たち――母・父・祖母・祖父・叔父・叔母・兄・姉たち――にとって正当な場所を復元します。祖先たちに対する過去の過ちを認めたうえで、平和な眠りをもたらします。生きている者たちと死者たち、それに土地との間に、分かちがたい結びつきがあることを尊重します。
 アボリジニやトレス海峡諸島民への遺骨や副葬品の返還が行なわれれば、先住民族の文化に対する理解や尊敬がより深まり、ひいては若い世代にとって前向きな前例となることでしょう。アボリジニやトレス海峡諸島民が現代的なやり方で自らの文化・家族・社会をより強固に維持し、前を向いて進むのに必要な信頼や自己決定を獲得するための能力を強化します。


第2部 この政策の目的

1:オーストラリア政府は、祖先の遺骨や副葬品の移動に関係する過去の不正義に対処し、アボリジニやトレス海峡諸島民の人々を支援し、その文化がオーストラリア社会に広く貢献するように努めます。

150年以上も、アボリジニやトレス海峡諸島民の遺品や副葬品は、オーストラリア内外の博物館、大学、個人収集家によって移動させられてきました。19・20世紀に、遺骨や副葬品は医学関係者、人類学者、畜産業者によって収集され、その一部は人類の生物的差異に関する科学的研究に利用されてきました。
 今日、死者の遺骨への尊敬と責任は普遍的なものであると認識されています。
 オーストラリア政府は、それらの返還が、アボリジニやトレス海峡諸島民への癒しと和解につながると認識しています。

2:オーストラリア政府は、アボリジニとトレス海峡諸島民が、これらの返還の中心的存在であると認識しています。

アボリジニとトレス海峡諸島民のコミュニティに対し、オーストラリア政府は、返還の過程を通じて収集機関や科学者コミュニティへ関与する機会を提供します。これは、アボリジニとトレス海峡諸島民がもたらすこの問題への貢献の重要性を認識し、それぞれの発展をもたらす機会を提供するものです。
先住民返還に関する助言委員の任命により、アボリジニとトレス海峡諸島民に対し、政策の策定や実施について参加・主導する機会がもたらされます。

3:オーストラリア政府は、国際社会に対し、アボリジニとトレス海峡諸島民を代表し、祖先の遺骨、それに関係する資料などの自発的かつ無条件の返還を追求します。

 その祖先のいたコミュニティが遺骨を管理する権限を有するものであり、返還の前に意見を聴取されるべきです。当該のコミュニティが、いつどのように返還が実施されるかを決めるべきです。そのコミュニティが望まない場合を除き、オーストラリア政府は、祖先の遺骨、それに関係する資料などの自発的かつ無条件の返還を追求します。
 海外で保存されたものについては、祖先の遺骨のみの無条件返還を追求します。
 オーストラリア政府は、(海外から副葬品の)返還について、外国政府や機関が、当該のアボリジニやトレス海峡諸島民との協働により、自発的判断にもとづいて行うものと理解しています。

4:副葬品について、オーストラリア政府は国内にあるものだけを返還追求の対象とします。

 オーストラリア政府は、オーストラリアにある副葬品の返還を追求することにします。ただし、アボリジニやトレス海峡諸島民のコミュニティが、副葬品や埋蔵物・遺品の返還について、海外の機関と交渉することを妨げるものではありません。

5:オーストラリア政府は、アボリジニやトレス海峡諸島の人々を支援し、それらの人々が文化的な権利、知識、実践を保持する能力を向上させることに寄与します。

 オーストラリア政府は、アボリジニやトレス海峡諸島民のコミュニティが返還過程のあらゆる段階に深く関わることを確実にし、それらの人々の権利や実践へ敬意が常に払われるように努力します。
 祖先の遺骨の来歴は、適切なコミュニティへ返還されるためには重要なものです。アボリジニやトレス諸島民を海外の収集機関へ派遣し、遺骨の由来についての調査を行うことも検討されるべきです。それらの資源・情報は、このような形式の関与や相互交流の機会を提供するために、コミュニティや収集機関が利用できるようにすることも考えられます。

6:オーストラリア政府は、返還に関して包括的かつ一貫したアプローチで取り組みます。
 他の政府省庁、地方政府、収集機関、外国の政府や機関との協働は、返還過程の一部として継続されます。オーストラリア政府は、返還実施を確実にするために、すべての関係者による適切な行動を調整し、新たな協調関係も形成します。


第3部 先住民返還政策の実施

プログラム
オーストラリア政府は、この20年にわたり、先住民の祖先の遺骨や副葬品を本来のコミュニティに返還することに取り組んできました。
オーストラリア政府は、返還には包括的な方法が必要だと理解しています。つまり、あらゆる関係者、他の政府省庁、地方政府、博物館、海外の機関との協働が求められます。

構造
芸術局は内閣府の一部門であり、芸術大臣の監督を受けます。芸術局は、海外の先住民に関する遺骨の返還、および国内の先住民に関する遺骨と副葬品の返還、これらの問題について主導的に担当する部局となります。
遺骨や副葬品をコミュニティに返却するにあたり、主要な博物館や先住民団体に「先住民返還プログラム」を通じて財政出資が行われます。海外にあるものについては、オーストラリア政府が費用を負担します。

資金は以下の用途に使用することができます
・所在や由来に関する調査
・博物館職員によるコミュニティ訪問にかかる国内旅費
・返還実施のためにコミュニティを支援するための費用
・遺骨や副葬品を特定するためにコミュニティの代表による博物館訪問にかかる費用
・コミュニティの代表が遺骨や副葬品を回収するための旅費(国内に限る)
・コミュニティの代表が海外から遺骨を回収するための旅費
・遺骨や副葬品を返還するための準備、梱包、運搬にかかる費用

海外の収集物に関して、オーストラリア政府はコミュニティや収集機関と協働し、遺骨の特定、遺骨の情報に関してコミュニティへの通知、その回復についてのコミュニティの意思の確認、その実現の時期や場所についての調整、を行います。オーストラリア国立博物館などの機関の支援が必要に応じて提供されます。

アボリジニとトレス海峡諸島民のコミュニティと組織
 アボリジニとトレス海峡諸島民のコミュニティと組織は、返還のあらゆる過程に深く関与することになります。オーストラリアの主要な博物館は返還を完遂するため、伝統的な所有者あるいはその代表に諮ります。オーストラリア政府は、海外の機関が、コミュニティの代表を特定して協議することを支援します。芸術局は可能な段階で支出を行い、国内外から先住民の遺骨をオーストラリアに戻す際に伝統的な所有者やその代表が同行することを可能にします。

 アボリジニやトレス海峡諸島民を支援し、祖先の遺骨・遺品の返還・管理に関する能力や役割を増進するため、オーストラリア政府はコミュニティと協働し、財政支出をしたうえで以下のような問題に関しての取り組みを行います。
・オーストラリアの主要な博物館におけるアボリジニやトレス海峡諸島民との連絡員の雇用
・返還事業に関心のあるアボリジニやトレス海峡諸島民へ就業・職業訓練の機会を与えることによるキャリアパスの創造
・地域のコミュニティの運営への支援ないし研究のためのアボリジニやトレス海峡諸島民の団体への直接的な支出
・意見交換や相互理解を促進するコミュニティと収集家による交流事業

先住民返還に関する助言委員会(ACIR)
 先住民助言委員は芸術大臣が、オーストラリア内外の先住民返還に関する政策や計画に基づき任命するものです。
 ACIRの役割は、由来に関する情報に乏しい物品を含む遺骨や副葬品の長期的管理など、数多くのコミュニティに関わる文化的・管理的問題に対して戦略的助言を行うものです。

オーストラリアの政府と博物館
オーストラリア政府は財政支援を行い、必要に応じて助言も行います。
返還のための各管轄における政府の政策実施は、地方政府によって定められ、収集機関がしかるべき責任を果たすように特定の財政支出を行うものです。
返還はオーストラリアにある以下の八つの機関によって監督されます:オーストラリア博物館(シドニー)、北部準州博物美術館、ビクトリア州博物館、オーストラリア国立博物館、クイーンズランド州博物館、南オーストラリア州博物館、タスマニア州博物美術館、西オーストラリア州博物館
収集機関はコミュニティと直に協働し、祖先の遺骨や副葬品の由来を特定します。そして、コミュニティに諮り、その要望に応じてそれらの返還または保存について調整を行います。

国公立でない収集機関
 オーストラリア政府は、場合に応じてその都度、オーストラリアの大学や私的収集機関などの非政府機関からの返還に対しての財政出資を検討します。

国際的な政府や機関
 収集機関が祖先の遺骨の「収集解除」を行う際に政府の許可が必要な国があります。その機関の判断だけでそれができる国もあります。
 返還プログラムの効力を最大限にするため、オーストラリアの在外公館や貿易外務省は、アボリジニやトレス海峡諸島民が返還について交渉できるように芸術局が調整することを支援します。
 オーストラリアの在外公館の長は、その所在国と(我が国)の関係について最終的な責任を負っています。つまり、所在国への(我が国の)代表権は、通常、在外公館の長ないし幹部が担うこととなります。
 芸術局は、在外公館との連携により、国際交渉や交流のために最も効果的な方策に合意します。交渉の状況に応じて、公館を通さずに芸術局が直に当該機関と交渉すべき場合がありますが、アボリジニやトレス海峡諸島民のコミュニティはその情報について全面的に開示を受けることになります。


第4部 手順書

先住民返還の責任ある施策のため、オーストラリア政府は以下のような手順を順守し、返還に関与するすべての関係者が順守することを促します。オーストラリアの主要な国公立収集機関は、祖先の遺骨や副葬品の管理に関して独自の基準に従います。

文化的手順
・アボリジニやトレス海峡諸島の人々は、伝統的な所有者の習慣や法に従って、祖先をもとに戻す責務があります。だれが交渉や諮問に加わるかを決定するのは伝統的な所有者です。
・伝統的な所有者は、祖先の遺骨に関するすべての文書を閲覧・複写できます。
・祖先の遺骨は、伝統的所有者の決まりにのっとって速やかに返還されます。
・あらゆる段階で、祖先の遺骨・遺品は尊敬をもって取り扱われます。

コミュニティの諮問
・伝統的所有者は、祖先の遺骨を管理する権利があり、付随する物品の権利も有し、返還について意見を聴取される必要があります。
・伝統的所有者は、いつどのように返還が行われるかを決めます。
・あらゆる政府機構の間で、伝統的所有者へ返還が行われるように調整がなされます。

研究と調査
・オーストラリア政府は、すべての研究者がオーストラリア・アボリジニ・トレス海峡諸島研究所(AIATSIS)が策定した倫理基準を順守することを推奨します。オーストラリア研究評議会(ARC)と医学研究評議会の基準を含む各種ガイドラインは次のサイトにあります。http://www.aiatsis.gov.au/research/docs/ethics.pdf
・祖先の遺骨への調査は、アボリジニやトレス海峡諸島民あるいはそれが指名する代表への事前の申請・合意形成が必要となります。
  ・大きな物理的処置をともなわない調査は、その遺骨がアボリジニないしトレス海峡諸島民かどうかを特定するのに寄与する可能性があります。それゆえ、そのような研究については合意の取り付けが必要な場合があります。もし、その遺骨が特定のコミュニティのものであるという記録がある場合、その当該のコミュニティは(芸術局を通じて)相談を受けます。
  ・物理的調査、例えば歯の収集、は行われるべきではありません。
  ・由来の明確でない遺骨については、オーストラリア政府がACIRに助言を求めることになります。
・研究の意義を説明する「平易な英語」で書かれた文書が、合意を取り付ける前に伝統的所有者ないしその代表へ出されることとなります。
・合意を得た研究の結果は、「平易な英語」による報告書や必要に応じてだされた文書を通じて当該のコミュニティが閲覧できるようになります。


資料協力/テッサ・モーリス=スズキ氏(オーストラリア国立大学)
翻訳/辛島理人氏(京都大学文学部)

「AUSTRALIAN GOVERNMENT POLICY ON INDIGENOUS REPATRIATION August 2011」は、豪州政府のウェブサイトで公開されています。
https://www.arts.gov.au/publications/australian-government-policy-indigenous-repatriation